年中行事

【節分の本当の意味】は年に4回の季節の分かれ目!2月だけが残った理由

こんにちは! Miraiです。

節分とは季節の分かれ目のことで、もともとは年に4回ありました。
立春・立夏・立秋・立冬の前日を指します。

現在、節分が年に1回とされる背景には、節分の風習であった方違え(かたたがえ)が生活様式に合わなくなり、代わりに春の節分に豆打ちを行う様になり、年に4回の節分の意味合いが薄れていったことが挙げられます。

年に4回の節分の中でも、春の節分だけが残されたのは、立春は旧暦では年初に当たり、人々が農作業を行う上でも起算日として非常に重んぜられたためです。

この記事にはそれらのことが、詳しく分かりやすく書かれています。

【節分は季節ごとに存在していた】元々は年に4回だった


節分
は字の如く、季かれ目と言う意味があります。
そして、
節分とは「立春」「立夏」「立秋」「立冬」の前日ことを指します。

1年は春・夏・秋・冬に分けられます。
「立」と言う字には「始まり」と言う意味があることから、四季の始まりの日を「立春」「立夏」「立秋」「立冬」とし、その前日を節分と呼びます。
立春・立夏・立秋・立冬をまとめて四立(しりゅう)と呼ぶことから、四立の前日が節分である とも言い換えることが出来ます。

昔は節分の夜には「方違え(かたたがえ)」と言う風習が行われていました。
昔の人々は、外出や物事を決定する上で、方角の吉凶を大変気にかけていました。

方違えとは、外出先(目的地)が凶方の場合、いったん違う方角にて一晩過ごし、翌日目的地に向かうことです。こうすることで宿泊した場所が起点になると考え、凶方を避けることが出来たのです。

実は節分は「2月3日」だけではない?

よく「2月3日は節分」と耳にしますが、必ずしも2月3日とは限りません。正しくは四立の前日(この場合は立春の前日)が節分ですので、例えば2021年の場合は立春が2月3日であるため、節分はその前日の2月2日となります。

【節分が年に1回になった背景】方違えの継続が困難であったため

四季の節分の風習であった「方違え」は大変大掛かりなものでした。
よって、室町時代になると人々は自宅の中で恵方にあたる部屋に移動すると言う簡素化された形をとる様になりましたが、次第にそれも行われなくなっていき、年に4回の節分の意味合いも次第に薄れていきました。

一方で、方違えに変わりに新しく節分の風習として根付く様になったのが「豆うち」です。人々はこの頃から、春の節分に豆うちを行う様になっていきました。

「豆うち」とは
自宅で方違えをする際、人々は恵方にある部屋に豆を撒き、邪気祓いを行いました。これを豆うちと呼びます。そして清めた部屋へ移動を行っていました。
方違えは廃れ行き、一方で豆うちだけが行われる様になっていったのです。豆うちは、現代の節分の風習「豆まき」の大元であるとも言われています。

 

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【2月の節分のみが残された理由】春は日本人にとって重要な季節だった

夏・秋・冬の節分が廃れてゆく中で、春(2月)の節分だけは人々に尊ばれていました
その理由として、以下のことが挙げられます。

立春前日の節分は、季節の節目なだけでなく1年の節目であるため
旧暦では、新年の始まりが春であるため
春は、農耕民族である日本人が新たに農作業を始めるとても大切な時期であったため

日本では、明治5年まで旧暦が用いられていました。

春が1年の始まりということは、春の始まり=立春が1年の始まりと言うことになります。立春は一年の生活の起点であり、農作業においても「八十八夜」「二百十日」など立春から数えて何日目になるかの起算日なのです。

そして立春の前日である節分は大晦日にあたり、新年を迎えるとりわけ重要な節目となることが分かります。

年賀状に「迎春」「新春」「初春」と言う文字を見たことはありませんか?
年初である正月に「春」が出てくるのも旧暦の名残だと言えるでしょう。

 

節分の本当の意味と過ごし方

節分には、季節の分かれ目と言う本来の意味がありました。
特に尊ばれた春の節分は、昔は大晦日にあたり、人々は住まいを清め1年の心の穢れや雑念を一掃し、豆打って邪気祓いをしました。
そして新年の幸せを願い、年神様(歳徳神)をお迎えしていたのです。

現在、私たちも年の瀬には大掃除を行い、新年を迎える準備を行っています。
そして節分では豆撒きを行い、邪気を祓い、福を家に招き入れるのです。
さらに今日では、恵方巻きをいただくことで1年の幸せを願い、年神様に御利益をいただく風習も広まっています。

風習は、時代の流れや世相によって変化をしていきます。節分のルーツを辿り、当時の様子や人々の暮らしに思い巡らせ、より節分を味わってみるのも良いかもしれません。